子育てがつらい、の奥底にある見えない理由。【仮説】

子育て
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わたし、育児ノイローゼだったのかもしれないな、

と思うのよね。

ずっと引きこもって子育てしてて、とてつもなく小さいことにイライラして、そんな自分に嫌気がさす。あまり思い出したくない。つらい毎日だった。

たのしいことがないわけじゃない、子どもがかわいいと思う瞬間がないわけじゃない。だからこそ、なんだろうか。イライラする時間とその後の自己嫌悪に浸る時間がつらいのだった。

今振り返ってみて思う、あのころ心の奥底にあって気づかなかった『つらさ』について書く。

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気づいてたほうの「つらさ」

こうだからつらい。つらい理由が明確で顕在化していたものたち。
これらは自覚してた。
でもこれをつらいとか思ったらダメ、とかも思ってたけど。
(特に自由がないのははしょうがないと言い聞かせていた)

初めてのことでわからないことだらけ

わからないが故に適当にできず、きっつきつで子育てしていた第一子のころ。
しつけもちゃんとしないとダメだ!と、きつく叱りすぎることもあった。
言葉が分からないうちはずっと泣かれるのも理由がわからず途方にくれたな…。

自分の思い通りにいかない

当たり前といえば当たり前なんだけど、思った以上に自分の思い通りにいかない。
子どもたちの言動もそうだし、時間とか予定とかも平気で狂う。

1人の時間が全くない、自由がない

かわいい我が子とずっと一緒に入れるのだから…。
とも思うのだけど、やっぱり1人の時間がほしい。
自由に出かけたり泊まりがけでどっか行ったりができないのもしんどかった。
でもそれをしんどいとか言っちゃダメな風潮あるよなーつって憤ってたけど、やっぱりいえなかった。
そしてこんなふうに思う自分は母親としてよろしくないんじゃないかと思っていた。

社会からとりのこされた感

出産前に割と耳にしていたこれ。
でも実際に出産する前は、「いやーそんなことないだろう。子どもがいるからこそ繋がれるところってあるはず」とか思っていたのよ。思っていたのだけど…。確かに子どもを産んだから知り合える人もいる。のだけど、それでもなんかぽっかりする何かがあるんだよなぁ。

きっと、1人の人間としてというより、子の母親という立場で社会と接する時、なんか本当の自分とは違う自分がそこにいるような気持ちになるのかもしれない。これについてはまた別記事で。

そして当時は気づかなかった見えない「つらさ」

第1子・第2子と、実家から遠く離れて引きこもって子育てしていたわたしが、第3子を産んだ時は自分の実家で母の協力のもと子育てができる環境に身を置き、とんでもなく肉体的にも精神的にも楽になった。

3人目の子どもで、わたし自身慣れもあるだろう。上の子たちも大きくなってずいぶん手伝いをしてくれるし、妹の面倒も率先してみてくれる。だから、もしかしたら実家の母の協力がある、ということ以外にもわたしの子育てが大幅に楽になった要因はあるかもしれない。

なんだけど!
まだ第3子の娘が1歳にならない頃、高熱を出したことがあった。そんなに苦しそうな様子もないけど、なんとなくグズってて、体を触ったら熱い!熱を測ったら39度近くある。ちょっと焦るわたし。

母は仕事をしているけど自営業で、ずっと自宅にいるようなものなので、すぐに相談した。母は特に焦る様子も慌てる様子もなく、ご飯も食べてるし元気だからちょっと様子みたら?と言う。わたしも少し落ち着いて安心して、そうすることにした。

このとき思ったんよ。
こう言う時、上の子たちの時は、全部わたし1人で判断しないといけなかったの。いつ病院に連れて行くか。どのくらいのどんな感じだったら、様子を見て、どうなったら病院に行ったほうがいいのか。この塩梅がわからない。
それが、結構なプレッシャーになってたんだなって。

二人連れて、しかも一人は体調悪い子を連れて、病院に行くって結構おおごとで、でもだからって診てもらうのが遅くなったのが原因で取り返しのつかないことになったらどうしよう、なんて思いながら、決断する。それを、あたし一人でやらないといけない。

大事な大事なたからものの子どもたちの一大事になるかもしれないことを、わたしが、決断して行動しないといけない。

これは、今まで自分で決断して行動する、ということを何においてもやってこなかったツケが回ってきたと言うか、やってなかったのよ。誰かに言われたことを、その通りにやってきた。学生の時も、仕事してた時も。

子育てをして初めて、かもしれない。すべての責任を背負って、決断して行動する、と言うことをしたのが。

ミスったら自分だけじゃなくて大事な子どもの将来などに関わると言う重圧の中で。

はじめて接すると言っても過言ではない、もの言わぬ幼子に対して。


小さい子と接する機会ってほとんどないじゃないですか。こんなに泣くもんだとか、このくらいの強度で頭打っても大丈夫だとか、そう言うの、わからないじゃないですか。そのわからない対象に対して、決断して行動していく必要性に迫られる。

経験がないのに、いきなり手術を任せられたような気分と言うか。
もうちょっと経験者の元で学ばせてくれよ〜
経験者のアドバイスくれよ〜みたいな。


で、このプレッシャーって、夫では減らせないんだよな。
いくらかなりのイクメンでも。

いや、一緒にいる時はいいよ。
仕事が休みの時とか。
でも、四六時中一緒ってわけにいかないでしょう。

どうしたって、子育て中に夫がいない時間はあって、
子どもの具合が悪くなるのは
夫がいない時の方が多かったりする。

だから、もちろん夫の協力って要るんだけど、要るんだけど、
どうしてもそれだけじゃ満たされないものがある。

群れて子育てするしかない

やっぱ、群れて子育てするのがいいと思うんだよな。
どーしたって近くの先輩お母さんたちの力が必要だよ。

なんでもないことをしゃべって
ちょっとした気になることをひょいっと聞けて

それくらいに、近くに住む先輩お母さんたちの
手助けをもらいながら子育てができる環境が
当たり前になったらなぁ。

孤独で孤立して子育てなんて
できないんだから。
それをできて当たり前と思い込んで
誰かに頼ったらいけないと思いながらする子育ては
つらすぎる。


つながって子育てすること。

それを当たり前と思う大人たちが
そういう環境をつくって
地域のみんなで子育てができればいい。


つながるだけで
見えない子育てのつらさが
かなり軽減されるんじゃないかな。

そんなふうに思う。



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