男児年子育児のイライラ・怒鳴る日々に自己嫌悪の毎日だったけど

子育て
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まだワンオペ育児なんて言葉なかったように思う上のこ2人の育児の時。実家から離れて初めての育児ってだけでかなりストレスだったのが、男の子で年子でさらに大変になり、なんかなんだもかんだもなく毎日が過ぎていったなと。

当時は必死でそんなこと考える余裕なかったけど、多分育児ノイローゼ気味だったんだと思う。とてもイライラしていたし、そのイライラを子どもたちにぶつけては激しい自己嫌悪で死にたくなったりしてた。自分が子育てしてない方が、子どもたちはずっと幸せに違いないと思っていた。

あんなに怒鳴ったのに、すぐにママ、ママと追いかけてくる子どもたちを見ては泣いていた。子育て支援センターの先生に、「怒ってもママに笑ってくるのはなんでだと思う?いつも頑張ってるママへのご褒美なんだよ」とか言われて号泣したり、とにかく辛いこと言われてもうれしいこと言われても泣いていた。いや辛いことは泣けなかったな。心で号泣してあとあとまで引きずって1人泣く。

とにかく不安定であった。
大変だったこと、辛かったこと、と、対処法をあげてみます。

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お出かけが大変すぎる

お出かけのハードルが高すぎる。
まず車で移動するにしても、1人車から降ろしてもう1人降ろしている間にどっか行っちゃう。チャイルドシートから降ろして外に出た途端駐車場をばーっと駆け抜けて行ったりする。怖い。だいぶ言い聞かせてもダメな時はダメ。

男児の興味を引く何かがあったら一目散に行ってしまう。大したことないようなものでも一目散。車が来ようがなんだろうがお構いなし。多分、興味ある何かに集中し過ぎて車とか周りが全く見えてないのだと思う。だから尚更大変。だって言い聞かせても意味ないんだもーん(少し大きくなると意味をなしてくるところがあったけども)。

さらに店なんかに連れて行った日にゃ、商品落としたり、2人して逆方向に散ったり、追いかければ追いかけっこが始まったと喜んで逃げ回るし、もうお手上げ。最寄りのコンビニに連れて行くのだって、品物への配慮と、逃げ回らないように手を掴んでるのと、とにかく気が気じゃない。ふらっとコンビニなんて行けなかった…。

そしてファミレスもなかなかハードルが高い。ずっとじっと座ってないし、つまようじやポーションやお手拭きをいじくりまくるし、水は3回に1回はコップ倒してこぼすし、コップ倒れないように焦って移動させてればわたしがコップ倒すし。シュン。

1人で年子男児をどこかに連れて行くのは、目的地がどこであろうとサバイバルであった。


兄弟げんかが激しい

こっちの言うことを少し分かってくれるようになって、ほんの少しお出かけができるかしら?と言うくらいになると今度はケンカ。寝ても覚めてもケンカ。兄弟げんか。さもねぇことで。

やれずるい、それは俺のだ、さわるな、じゃまだ、おまえがじゃまだ、あーだこーだあーだこーだ。

ほんと、拾ってきた落ち葉でケンカとか。「さわんな!おれのはっぱだぞ!!」つって。めっちゃ怒って。葉っぱで。次の次くらいの瞬間葉っぱのこと完全に忘れて別のもので遊んでるくらいの位置なのに葉っぱ。

棒とか石もよく拾ってきてケンカしてた。

ちなみにケンカについては今もため息が出る。なうでケンカどうにかしてほしい。


夫の理解が得られない

いろんなことが溜まりに溜まっていつもイライラしていた時期。ダメだとわかっていながらも、つい怒鳴ったり必要以上に問い詰めたり、時には手をあげてしまうこともあり…。そんな自分に嫌気がさして夫に相談するも、

「小さい子にそんなに怒鳴っても意味がないよ。わかるように言い聞かせないと」

などとわかってるけどできなくて落ち込んでいる部分を指摘され余計に落ち込んだし気が滅入った。落ち込むとキレるわたしなので、夫とは激しくケンカになり、しかし正論を言っている自覚がある夫は一歩も引かずさらに正論を並べる。

わたしの伝え方もこと足りない部分があったのだろうと思うし、夫の言うことは正解だ。

ただ、わかっていてもやってしまう、そのことに対して自分が心底嫌になっていることを、わかってほしかったのだ。当時は自分でも気づかなかったけど、それだけ大変だったのだ。がんばり過ぎていたのだった。それが自分でわかっていれば、そしてだから少し子どもと離れる時間が必要だと訴えれば、子どもたちを1日くらい預かってわたしに休養をとらせることくらいしてくれる人だったと思う。そう信じる。

ただわたし自身が

お母さんは子どもたちの育児をずっとしているのは普通で当たり前で、イライラしている自分はおかしい。子どもたちはこんなにかわいいのに、かわいくて癒されているのは事実なのに、こんなにイライラするわたしが悪いんだ。さらにイライラしてそれを子どもにぶつけている。最低だ。

そう思っていた。そして言葉足らずで感情的に夫に話をしては、この人は何もわかってくれない、と絶望していた。


怒鳴ったり手をあげたりして自己嫌悪

前述した通り、イライラが募り、怒鳴ったり手をあげたりすることが多くなると、そんな自分に対するストレスもかなり多くなっていった。

わたしだって怒鳴られたり叩かれたりするのは嫌だし、それが心地いい人なんていないだろう。それを、こんなにかわいい我が子に対して、してしまっている…。そして、今日こそは怒鳴らないようにしよう、今日こそは、優しく話そう。そう思っているのになんで。またやってしまった。なんて意志が弱いんだろう。子どもたちに悪影響を与えるようなことしてていいの?と毎日自分を責めていた。

わたしがおかあさんじゃないほうが、子どもたちにとっていいんじゃないか、子どもたちはそのほうが幸せなんじゃないか?とよく考えていた。

大切な存在である子どもたちを傷つけるわたしのことが嫌いになっていった。
人生で一番自分を嫌いだった時期かもしれない。

大切で守りたくて、この子たちによくないものは全て排除したい気持ちでいたのに、自分が排除されるべきものになっていることが、許せなかった。毎日、自分のしたことが許せなかった。

イライラ対処の前に自己嫌悪対処

当時わたしは、「イライラ」を解消する方法をとてつもなく必死に探していた。イライラさえ無くなれば、と。

でも今思う。イライラを受け入れてもよかったのではないかと。イライラは、するもんなんだ、って。

もちろんイライラを子どもにぶつけるのは良くない。そんなこと百も承知だ。それでも、子どもにイライラをぶつけてしまうくらい、心に余裕がない状態だったと言うことを、一度ちゃんと見つめていれたら、と思うのだ。

そして、自分を責めたり自分を嫌いになったり自己嫌悪にまみれそうになったら、

まず自分のことを守ってみてほしい。

イライラして怒鳴ったり叩いたりした自分を責めていれば、自分を許さずにいれば、それがせめてもの罪の償いになるような気になるかもしれない。でも実際はそんな気がして満足しているだけで、現実は何も変わらない。イライラを子どもにぶつけなくなるわけじゃない。

イライラしないことが大切なのではなくて、イライラを子どもにぶつけないことが大切で、そのためには自己嫌悪して罪の償いをしてるふりをしてる場合ではないのだ。


とかいってるけど、今も当時のことを思い出すと涙が出る。まだ完全に、子どもたちにひどいことをしてしまった自分を許せてるわけではないかもしれない。まだわたしも許す途中。

子育てのイライラについてのブログとか読むと、全力で応援したくなる。
怒鳴っちゃっても叩いちゃっても大丈夫だから!!!!きっと。
だから、自分を責めないで。

これからを、どうにか良いほうにもっていこう。


まとめ

泣ける。思い出すと泣ける。

今は上の子たち大きくて、末娘の育児にそこまで、あの時までイライラすることってあんまりないけど(いや、そこそこイラっとしてるかもw)、当時はほんと思い詰まって余裕が全くなかったなぁ。

そんでママ友でなうで年子の幼児を抱えてる人とかの話聞くと、もう、めっちゃがんばってる。めっちゃいっぱいいっぱい。イライラなんて、余裕がないからやってくるだけなんだよなぁ。ただのいっぱいいっぱいのサインかも。

がんばってるね、ちょっとがんばりすぎてない?のサインかも。休んじゃえ!


全くまとまってないけど募る想いを次の記事に託して。おしまい

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